埼玉森林インストラクター会
2007年11月25日  埼玉県飯能市

森の恵みに感謝!3



text by 木口明浩
ドングリせんべいとドングリコーヒーのレシピ

ドングリを作る樹木は子孫をのこすために実を結んでいますが、その多くは動物たちの食糧となってしまいます。 その中で食べられずに生き残って条件のいいところに移動できた幸運なドングリだけが発芽して成長することができます。
都市に植栽されたドングリの木はその数に比べ、やってくる動物達の数が少ないため、 大量のドングリが落ちたまま、無残に放置されています。アスファルトの上に転がり、人間や自動車に踏みつけられたのでは発芽できるはずもありません。 そこで今回は、こうした不遇なドングリを使って「ドングリせんべい」と「ドングリコーヒー」を作ってみることにしました。

奇しくも、2007年秋は、ドングリが大豊作。マテバシイ(ブナ科マテバシイ属)とコナラ(ブナ科コナラ属)のドングリがたくさん集まりました。 先ずは、下準備として虫食いのないものを選別します。 穴の開いてるものと水に浸けて浮かんできたものを除いておきます。

【ドングリせんべいの作り方】

1.殻剥き

マテバシイのドングリを使います。本種の場合、全体の約45%が殻の重量ですので、 欲しい量の約2倍のドングリを用意します。 ペンチでドングリを挟み、ぐるっと一周する要領で殻を壊して剥きます。

2.加熱

お湯で煮て熱を通すと同時に渋みを抜きます。沸騰して薄皮やアクが出てきたところで 湯を取り替えてさらに煮ます。十分柔らかくなったらざるにとります。

3.粉砕

包丁で細かく刻んだら、すりこ木でつぶし、細かく粉にしていきます。 ここは、力作業ですので2人がかりか、フードプロセッサーで省力するのがよいでしょう。 時間があって体力に自信のある方は挑戦してください。 しばらくするとサラサラとしてなんともいえない野趣あふれる色になります。

4.焼き

水を加え練ります。今回は、素材(ドングリ)そのものの味を楽しみたいので 混ぜ物なしの10割ドングリ(注)です。 丸い形に整えたら、ホットプレートで焼きます。240℃で10分もするとこんがりとした焦げ目とともに香ばしい匂いが漂ってきます。 ひっくり返して裏も焼きます。

5.完成

きつね色に焼けて表面がひび割れてせんべいらしくなってきたところで盛り付けて完成です。

(注)【応用】

バター、卵、砂糖とともに白玉粉、片栗粉や小麦粉などと混ぜて本格的なクッキーにすれば、 食感もよくなりより一層美味しくなります。また、醤油や味噌などをつけて食べても味にバリエーションが広がり、 楽しむことができると思います。

【ドングリコーヒーの作り方】

1.殻剥き

コナラのドングリの場合、欲しいコーヒー粉の約1.8倍のドングリ(殻をむいた状態)が必要です。 先ずは、殻を剥き、カッターナイフでドングリを8枚にスライスします。

2.渋抜き

流水に2時間ほどさらし渋を抜きます。ここで十分に抜かないと渋みが残ってしまいますので根気よくやります。

3.乾燥

ざるにあけて、水気を切ったら、キッチンペーパーなどで水分をとり、天日に干してよく乾燥させます。

4.焙煎

ホットプレートを240℃にセットして20分程度煎ります。(オーブンがあれば、180℃で30分間ローストします。) 十分、色がついてきたところで火を止めます。

5.完成

ここまできたら、普通のコーヒーと同じ要領です。ミルで挽いてペーパーで濾して、ドリップさせて完成です。

【試食】

さて、いよいよ、試食です。「ドングリせんべい」を「ドングリコーヒー」のお供にしていただきます。 先ずは、せんべいから。一口ほおばると、ほのかな甘みが広がり、なかなかの美味。おこげの風味と相まってどこか懐かしい素朴な 味で、滋味豊かな感じがします。続いて、コーヒーを一口すすります。うーん、苦味が効いてちょっと大人の味です。 そこで、ミルクをたっぷり入れてカフェオレにしてやると、なんともやさしい味に早変わり。なかなかいけます。

【おわりに】

渋みのあるドングリの調理法は、食べられないものをどうにかして食べられるようにしてきた先人の知恵です。 そしてそれを生み出したのは、何よりもヒトが生きて命をつなぐための強い執念にあったのだと思います。
現代の日本は、日々の食糧確保に煩わされることもないという意味で豊かなありがたい時代です。 しかしながら、この国の食糧自給率は40%程度。少し心許ない数字です。それにもかかわらず私たちは毎日余った食物を廃棄しています。
一方、遠い縄文の時代に木の実を採取して暮らしていたであろう頃は、食物を獲得するということに対してもっとシビアであったに違いありません。

淹れたてのドングリコーヒーから立ち上る白い湯気の向こうに、すっかり葉もなくなって、 たった一つだけ残った柿が見えました。晩秋の陽を浴びて、より一層、赤く染まったその実を見ていると、 冬を迎える前の縄文の暮らしは、いったいどんなだったのだろうかと想像してしまうのでした。

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